斜めダンディズム

日常に補助線を。

#46 温泉記号の遷移と湯気の表現について

 温泉の地図記号の変遷が面白い。泉のように湧き出るイメージから湯気のイメージに変化している。人工温泉も包括するためにこの遷移が起こったのだろうか。直線的な湯気は太さを変えることで下から上に動きを感じられる。波線の湯気はS字なのが謎である。湯気は3本で統一されているのが不思議だ。

むかしの地図記号と地図記号のうつりかわり

 湯気をなぜ3本で表現したのか。デザイン的にどのような効果があるのか。少し調べてみた。人間にはグループ化してオブジェクトを捉える癖がある。偶数のオブジェクトに安心感を抱くのはそのためである。逆に奇数のオブジェクトではグループ化できないので、緊張感を生み好奇心をそそりより注意深く観察するようになる。この法則を一般的に「奇数の法則」と呼び、写真の構図を考える際に大事になるそうだ。湯気という温泉の象徴を記号化する上で湯気に注意を向けることは自然である。「お湯」を地に「湯気」を図に捉えることで温泉感が出ているのではないか。

There is a well-understood reason why an odd number makes an image much more interesting. This has to do with the way we look at the content of an image. It turns out we try to combine multiple objects together in pairs on a subconscious level. We see two objects as a pair. Four objects will be two pairs, six become three pairs, and so on. ... This way of looking at multiple objects in a frame makes us feel comfortable. But that all changes when there is an odd number of objects. In that case, it isn’t possible to group every single object in pairs. There is always one left that doesn’t seem to belong. This results in a sense of tension. On a subconscious level, we try to find something in the image to pair the object that is left over. The tension that occurs with an odd number of objects makes the image more exciting to look at. We become more aware of the image, and we look at it more carefully. It enhances the visual flow through the frame, making the image more interesting in the process. Using the Rule of Odds in Landscape Compositions

#45 叫びの衝動が生み出したもの

 叫びは衝動だ。意味を超えている。身体に根差した根源的な爆発である。堀切 和雅 さんのエッセイには身体と言葉について鋭い洞察が見られる。

原始、人は心のままに叫び、呟いていた。ところが言語が生まれ、音の高低や母音子音の種類が意味に縛られるようになると、ことばは次第に身体の自由な叫びや呟きから離れ、身体感覚の解放は制限されていく。それを補償するものとして、心身の律動を音に置き換えた歌が生まれた。以来、人が心の底から体をあずけられるのは、ことばではなく、音楽になっている。人はもはやよほど危急のときか、意識に障害を来したときでもないと、意味から離れたことばを叫べなくなっている。意味のないことばを叫ぶことはできないように、われわれは強力に規制されている。何に規制されているかというと、ことばという制度に。ことばには意味がなければならないという、社会の約束事 に。意味による規制は、発声の制限にとどまらず、当然ながら身体全体に及んでいる。 「身体を置き忘れた「ことば」より」

 叫びの衝動が歌を生みだし、歌の意味を効率的に伝達するために言葉を生み出したと私は考えている。現代には叫びがない。また、エモい、ヤバいに見られるように言葉がファーストフード化してきている。内的な感情を衝動に基づく表現に翻訳、あるいは、昇華するツールを作りたいと考えている今日この頃である。

#43 記号以前

 記号以前の情報、記号として結晶化する前の捉えどころのない情報とは、形を持たず、言葉や記号で表現される以前の感覚的・感情的・知覚的な「未分化な情報」である。未分化な情報には、

  • 温度や質感、動きなど、言語化される前に身体が直接感じ取るもの
  • 言葉で表現できない微妙な感情の変化や、心のざわめきなど心が感じ取るもの
  • 目に見える形や音がまだ「意味」として認識されていない状態

がある。このような未分化な情報には記号としてラベルを貼ることで認識のスピードを上げることができるが、現象から新たな意味を引き出すことができなくなる。特にエモいなどの記号は対象が広いので表現の解像度が低下する。記号を解凍し意味以前、記号以前の情報に変換しないと新しい新しい概念を創造することはできない。

 漢字制作者はどのようにして漢字を生み出したのだろうか。どのようなことを考えて漢字体系を構想したのだろうか。漢字制作者の世界の捉え方を妄想してみる。まず、自然界のすべてのものや現象には意味や役割がありそれを象徴化できると考えたに違いない。その考えがベースとなって、自然と人間の関係性を認識しそれを視覚的に記号化する試みが生まれた。そこには鋭い観察眼と記号化力があった。次に象形文字として生まれた漢字を抽象化した。「心」→「思」「念」「意」など、具体的な臓器から抽象的な精神活動への拡張したり、「目」→「見る」「看る」「観る」など、視覚行為に関するさまざまな意味を派生させたりと凄まじい抽象化力があった。また、漢字を作るということは世界を再構成するということであった。六書(象形、指事、会意、形声、転注、仮借)に代表されるような文字の作り方や使い方の分類が生まれた。そこには圧倒的な体系化力があった。

#42 解釈と余白

#33 感覚とリンクする言語の可能性」で記号と意味について触れた。

flowchart LR A[記号] --> B[感情] B --> C[意味]

 大事な点を見落としていることに気づいた。「意味」とは、単なる記号そのものに内在するのではなく、人間がそれに関連づける概念や解釈に基づいて生まれるものだ。意味はそれ単体では存在し得ない。解釈する対象があって初めて立ち上がる現象である。解釈を組み込むと、記号から意味へのフローは

解釈過程の組み込み
となる。解釈前の感情は身体的な感情で、解釈後の感情は観念的な感情である。これに記号以前のフローを追加すると、
記号以前のフローを追加した意味理解
となる。

#36 記号接地問題と漢字の世界観」では、白川静に習い、字形からイメージを想起して意味に至るフローを模索してみた。

漢字と記号接地

flowchart LR A[未分化な情報] --> B[身体化] B --> C[抽象化] C --> D[体系化] D --> E[記号] E --> F1[感情] F1 --> G[解釈] G --> F2[感情] F2 --> H[意味] B --> H C --> H D --> H E --> I[漢字] I --> A

#41 歌の身体性」では、歌に伴う身体的な付加情報が意味の深化に繋がることを考察した。

歌と記号接地

flowchart LR A[未分化な情報] --> B[身体化] B --> C[抽象化] C --> D[体系化] D --> E[記号] E --> F1[感情] F1 --> G[解釈] G --> F2[感情] F2 --> H[意味] B --> H C --> H D --> H E --> I[歌] I --> J[リズム、メロディ] J --> F1 J --> F2 J --> B

 解釈という処理に必要なのは、「余白」である。自分の知識ネットワークに組み込むために咀嚼し、照合し、統合する必要があり、それには時間を要する。余白をデザインすることの重要性をデザイナーの中垣さんは以下のように述べている。

『現代の国語』をはじめとした教科書をデザインするとき,私は常にその文章が呼吸し,生きているようなイメージを大切に作業するよう心がけています. 教科書は言語(ことば)を中心に構成されています.その言語を読み手に明確に伝えるためには,文体のリズムに合わせて一行の適切な長さや書体,文字の大きさなどを決めていく必要があります.一行が極端に長すぎたり短すぎたりしては,読み手が非常に息苦しく感じてしまいます. 俳句や短歌において,その文字数が決められているのは,読み手がひとつひとつのことばを,息を吸い・吐き・詠みあげる,その呼吸のリズムが周到に計算された結果であると考えています.こうして,読みやすい文字詰めを考えると同時に,行間にも気持ちのよいアキを作ることによって,静止した本文が語りだし,読み手の視線の自然な流れを促します.さらにイラストや写真などの図版もイメージを豊かに広げていく要素として大事なものですので,それらも吟味した上で配置していきます. 「学びとデザイン」より

 ここまで、記号から意味への流れをいろいろな側面から考えてみた。記号接地問題はコンピュータを対象にしたものであるから余白という考えは必要ないと思うかもしれない。しかし、人間はこの余白の間に情報を分節化し意味のネットワークを再構成している。あるいは、これ以上の処理を行なっている可能性もある。その余地を残しておくことでしか得られない仮説推論アルゴリズムの開発に活かせるかもしれない。

#41 歌の身体性

 歌を聴くこととその歌の歌詞を読むこととは全く異なる体験だ。歌 は { 歌詞 , 声 , メロディ, 振動 } といった要素で構成され、歌詞を読むと行為には声、メロディやリズム、振動が欠落する。

  • 欠落する要素
    • 声: 音色や抑揚が持つ非言語的な感情情報。
    • メロディ、リズム: 身体との同期や振動による感情喚起。
    • 振動: 音波が身体に与える触覚的体験。

その欠落が歌を聞いた時と歌詞を読むだけの時に生じる体感の差分である。じんわりと体を包み込む感情の発生元である。

  • 歌→身体感覚→感情→意味理解
  • 歌詞(記号)→感情→意味理解

このフローを見ると、大きな違いは身体感覚の有無である。「歌がなぜ感情や意味を超越的に伝えることができるのか。」という問いに身体感覚からアプローチしてみる。

 ①声は音波として物理的に空間を震わせ、聴き手の鼓膜や骨伝導を通じて身体的な振動として作用する。この振動が聴き手に感情的な影響を与える。特に、声には抑揚、テンポ、音色といった非言語的な情報が含まれ、それが感情のニュアンスを伝える役割を果たす。

 ②メロディとリズムは、聴き手の心拍数や呼吸を同期させることで身体の内部状態を直接変化させる。例えば、ゆっくりとしたバラードは心拍数を落ち着かせ、激しいアップテンポの歌は心拍数を上昇させる。このように身体の内部状態を変えることで感情を生起させている。

 ③歌は耳から入るだけではなく、身体全体で感じ取られる体感的な経験を伴う。音波が身体に与える振動(特に低音)は、全身の触覚的な感覚を刺激し、感情の発生を促す。これにより、歌は単なる聴覚情報ではなく、聴き手を空間的に包み込む感覚を生起させる。

 ①~③で見たように感情は身体的反応と密接に結びついている。例えば、鳥肌が立つ、胸が熱くなるといった感覚は、歌を聴く際の身体的な感情反応の一部である。声、メロディ、振動が、身体の感覚と神経系を刺激することで、感情が生まれる土台を作っている。この土台によって受け手に生じる感情の情報量が増える。歌は感覚的・生理的反応を聞き手に引き起こすことで、感情を身体的に体験させることによって感情や意味を超越的に伝えることができる。

 歌は根源的なものだ。人間の言葉は歌から始まったのではないか。この問いにアプローチする仮説に相互分節化仮説がある。

相互分節化仮説とは、異なる状況で歌われる複数の歌から同じ文節を抜き出し、状況に共通する意味を持たせることで、言語が発達したとする仮説である*1

 言語以前、人間はもっと歌っていた。歌で状況を共有していた。歌で威嚇していた。歌で求愛していた。歌でコミュニケーションしていた。歌という身体性をフルに活用したメディアで意思疎通していた。「歌→感情→意味」と言うフローで情報伝達していた。記号接地問題は「記号→意味」という図式を相手にする。記号に身体性を感じることができれば感情が発生して意味理解を促進する。記号に身体性を生じさせるものとして、漢字があり(#36 記号接地問題と漢字の世界観)、オノマトペ#33 感覚とリンクする言語の可能性)があると過去に言及した。歌も歌詞という記号に身体性を生じさせているといえる。また、歌うことで他者に感情を伝えながら自身もその声に共鳴し感情が深化する点で歌は中動態的な現象でもある。

*1:【言葉は歌から生まれた?】ヒトの言葉の起源に迫る!  【言葉は歌から生まれた?】ヒトの言葉の起源に迫る! | UTokyo OCW (OpenCourseWare)

#39 紅茶

 土鍋をした後の鍋を洗い、水を沸騰させる。その沸騰水で紅茶を作る。紅茶からうっすら鍋の匂いがするがほとんど気にならない。これは紅茶の起源に近しいものがある。

 ヨーロッパでは中世から近代初期にかけて、都市部の水源は汚染されていた。家庭ごみや排泄物が川や街中の排水溝に流されており、汚染された水を直接飲むことが病気の主な原因であった。特に19世紀前半のイギリスでは、テムズ川の汚染が深刻で、「大悪臭」(The Great Stink, 1858年)と呼ばれる事態が発生し、市民生活に支障をきたした。この問題は、近代的な下水道システムの整備によって解決に向かわせたが、それまでの間、人々は汚染された水を避けるための代替手段を求めていた。そこで登場したのが紅茶である。紅茶には殺菌と消臭の効果がある。紅茶を淹れるには水を沸かす必要があり、この過程で細菌や病原体が殺菌される。さらに、紅茶の風味によって飲みやすくなる。また、イギリスにはもともと古来の土着茶が存在していたため、紅茶が受け入れらやすかった。

#38 デスクスピーカー

 デスクをスピーカーにできないか。例えばギターのような原理で中空構造のある木製のデスクを作ると、机全体から音が聞こえる。今日はそんな妄想を展開する。

 デスクを実際にスピーカーとして機能するためには、音波を効率的に発生させるためのいくつかの要素が必要だ。ギターや楽器の原理に基づくと、木製の中空構造は音波の共鳴を助け、音を広げる効果がある。デスクもそのような共鳴箱として利用することができ、音がデスク全体から発生するようにデザインできるはずだ。まず、中空構造の木製デスクに、スピーカーのドライバー(振動板)を組み込むことで、振動を引き起こし、その振動をデスク全体で共鳴させよう。材質も大切だ。音の特性に影響を与える要素(密度や硬さ)も考慮する必要があり、軽量で振動しやすい木材が理想的だ。  音響設計や素材の選定、振動の伝播を細かく調整すると「デスクスピーカー」を実現できるやもしれない。

デスクスピーカー